研究計画書

大学院出願のときに提出した研究計画書をさらします。
ご意見があれば、ぜひ。
 
研究計画書
 
市民のメディア表現機会を拡大するアーティスト参画ワークショップの設計と実践
 
1.背景──インフラの整備と市民のメディア表現
 
 近年、一般市民による映像や音声を使ったメディア表現の創作および発表ができる環境が整ってきた。この環境の進展は、カメラ・編集機材といったハードウェア環境に加え、広帯域なネットワーク環境の整備と、ブログやポッドキャスティングといったシステムや使い勝手の良いコンテンツ共有サイトの登場によるところが大きい。
 インフラの整備は進んだものの、全ての人がこれらの環境を活用できてはいない。特に新しいメディア表現で作り手・送り手になるには、PC・Web 技術等に習熟する必要がある。受け手となる人々も、環境を熟知した者が多く集団が固定している。さらに年齢層によって主とする情報入手メディアが異なり、人々の間の情報格差は広がっている。インターネットメディアは、ターゲットを絞った広告掲載が可能なため、利用者をセグメント化する力が強く作用している。市民のメディア表現に必要な基盤はできたものの、情報格差とメディア・広告産業の戦略によって市民同士のメディア表現をスムーズ交流させる機会が阻まれている。
 この問題を解決するためのアプローチとして、工学系ではインターフェイス研究が進んでいるが、エンターテインメント産業での実用化が多い。メディア表現を得意とするメディアアーティストの多くは、先端的なメディア技術の応用を指向した作品制作を行っていて、市民のメディア表現には関心がない。これらは、いずれも市民のメディア表現の機会拡大には寄与していない。
 
2.目的──市民とアーティストが協働するワークショップ
 
 市民のメディア表現の創作機会の拡大と創作物の流通の促進を図るために、ワークショップの実践的研究を行う。この研究計画では、市民とアーティストが協働する「表現」に着目した。ここでの「表現」とは、表面的なコンテンツの演出テクニックではなく、自ら伝えたいコンテンツを企画し、制作・編集したものを発表することで、最終的に外部からの反応をも得ながら内省する一連の創造活動全体を指す。
 作り手として自らの制作物を他人に見てもらうには、相当の表現水準が求められる。創作する者は、それぞれのメディアの様式・美学に基づいた基本的な技術とともに、他人の心をつかむための冷静な分析と表現追究の貪欲さを持つことが不可欠である。この点に、アーティストやクリエイターなどの表現のプロフェッショナルと市民の協働の可能性がある。アーティストはメディアの可能性と表現に精通し、メディアの特性を理解しながらも、使い方を大胆に変化させることで、市民の創作意欲を引き出す能力をもっているからだ。
 この研究では、市民とアーティストが協働しながら実際に「表現」を経験するワークショップを設計、実践し、その効果を検証、評価する。市民はワークショップに参加することで、自らメディア表現を活用し、創作し、送り手となって観賞される側の立場を経験する。この経験を通じて、参加者はメディア表現の観賞、批評能力と、社会のメディア環境を俯瞰できる能力を獲得することができる。ワークショップ実践のデザイン次第では、メディアによって細分化された市民のコミュニティを再接続することも可能である。
 なお、志願者の杉本は、この数年間に渡り、映像編集が体験できるMovie Cards ワークショップを企画・開発、実践している。これまで開催した大人向けのワークショップでは、普段交流することのない人々がコミュニケーションし一緒でメディア表現を行うといった興味深いプロセスが生まれている。
 
3.期待される効果
 
 この研究での実践によって、ふたつの新しい関係の発生が予想される。ひとつは、市民がメディア表現の可能性を知り活用することである。もうひとつは、アーティストが市民と直接関わりあう機会を持つことである。対向しているこのふたつの流れが組み合わさって、メディア表現の流通が広がり、社会一般のメディア表現への関心が高まり、既存メディアの権威性に頼らない批評文化が生まれることが期待される。
 アーティストが参画するワークショップの事例は増加傾向にあり、実践者にアイデアとノウハウが蓄積している。しかしこれらの知見は体系的な整理がなされず、知的財産権についての共通了解がないため、外部の者がまとまった情報を入手することは難しい。ワークショップ自体の設計・プロセスとともに、参加者が創作した成果物も、著作物性を帯びている。メディア表現に関わるワークショップの開催が増えるにしたがって、著作物としてのコンテンツ量も増大していくことが想定される。増え続けるワークショップ自体の知的財産とコンテンツについて、創作者以外が再利用可能な「緩い」ライセンスで公開できる基盤を整備し、ワークショップ自体のプロセス・成果を適正に流通し共有することで、新しいメディア表現を媒介としたコミュニティの生成を目指す。
 
4.開発・研究の方法
 
 基本的にアーティストが協働するワークショップの設計と実践を軸に行う。ワークショップ遂行のために独自のシステムの必要があれば、可能な限り自分自身でシステム開発を行う。設計したワークショップは随時実践し、検証していく。
 同時に、大学院課程在籍中には学術的な自学を進めることに注力する。ワークショップのシステム開発、実践については、志願者自身の実践経験が一部活かせるものの、学術的な知見が不足している。そこで、社会科学研究、メディア研究、学習科学研究などの学問的領域を学び、しっかりとした研究方法論や評価手法等を身に付けたい。
 また、各地のメディア表現に関するワークショップ実践例の調査を行う。ハンズ・オン展示に力を入れる博物館、科学館や、美術館やメディアセンター、NPO、教育活動に携わっているアーティストらを直接取材し、それぞれのノウハウや問題点などを収集し分析する。なお機会があれば、海外のメディア専門ミュージアムや美術館での教育活動についても調査を行う。
 
参考文献
 
水越伸 2002『新版デジタル・メディア社会』、岩波書店

新版 デジタル・メディア社会

新版 デジタル・メディア社会

ワークショップ知財研究会編 2007『こどものためのワークショップ─その知財はだれのもの?』、アム・プロモーション。
こどものためのワークショップ―その知財はだれのもの?

こどものためのワークショップ―その知財はだれのもの?

Lawrence Lessig 2004 山形浩生・守岡桜訳『FREE CULTURE : いかに巨大メディアが法をつかって創造性や文化をコントロールするか』、翔泳社
Free Culture

Free Culture