ジョン・デューイ『学校と社会』

学校と社会 (岩波文庫)
デューイ
岩波書店
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内容

 本書は、アメリカの哲学者ジョン・デューイ(1859‐1952)が、伝統
的な学校教育を批判し、学校を子どもの生活を中心とした組織に変革
するように主張している。第1章から第3章は、シカゴ大学教授時代に
みずから創設した「実験学校」(シカゴ大学附属小学校)の保護者、
後援者に対して連続講演した内容をまとめたものである。第4章から
第8章は、この実験学校の実践体験に基づいた論考から構成されてい
る。
 デューイは本書で理想的な学校像を描いている。彼の理想とする学
校とは、暗記や復誦を中心とする受動的な学習の場ではなく、子ども
たちが自発的な社会生活を営む「小社会」である。この学校を実現す
るために、現代社会の必要に適合していない学校の教室や課業、子ど
もが興味をうしなっている教育方法を変更する必要があると述べる。
 伝統的な机が並ぶ教室や画一的なカリキュラムと教育方法を改革
し、子どもが生活することをすべての中心として組織化すること。学
校を孤立した組織として考えるのではなく、家庭、郷土、産業、大学
有機的な関係をもつ組織とすること。このような改革によって、子
どもは学校のそとで得る体験をじゅうぶんに利用し、学校で学んでい
ることがらを日常に応用することができる。
 デューイは、大学の教育学講座が理論で留まっていることを批判
し、みずからの教育理論を実験学校での実践につなげている。本書の
なかで、実験学校での体験的な授業の事例がいくつか示されている。
人類の進歩の跡をたどり、材料と機械的原理の洞察を得る裁縫の作
業、材料の性質を探求する料理実験、実物の綿密な観察を要求された
スケッチ、年代記の暗記に終始しない歴史科のプログラムなどであ
る。

感想

 デューイの伝統的な学校教育批判は、とても約100年前に書かれた
ものだとは思えない。画一的カリキュラム、社会との連携が少ない学
校の現状に目を向ければ、現在でも十分に通じる学校教育批判である
と感じられたからだ。訳者解説によれば、デューイの教育理論は20世
紀の最初の30年間に合衆国全土に普及したが、児童中心教育の一面が
強調され、学校と社会との結合にはいたらなかったようだ。また第2
次世界大戦後の日本において、デューイの教育理論はアメリカ的な思
想のひとつとして大きな影響をもったという。
 本書には実験学校におけるいくつかの実践例が示されていて興味深
かったが、結果として残ったプログラム以外に、どのような試行を
行ったのかの取り組みは書かれていなかった。実験であるからには失
敗もあっただろうが、その点も触れられていない。また、子どもの絵
画や作文などの成果物は掲載されているものの、活動中の子どもの感
情や言葉がまるで書かれていないのが不思議だった。結局、どのよう
な教師や児童が在籍していたのかを含め、実際の実験学校の生々しい
様子を伺い知ることはできなかったのは残念で、そのような記録が別
のかたちで残っているのか気になった。
 デューイは、本書を発表した後も長く社会理論と教育理論を展開し
ている。この一冊だけで彼の教育理論を理解することはできないが、
ひとつの手がかりにはなった。私にとって、とくに二つの興味深い点
があった。
 一つは、学校の理想的な空間を提示していることだ(第3章 第3
図・第4図)。これらは、概念的な図ではあるが、理想の学校がもつ
べき機能を視覚的に描き出している。1階は図書室を中心に、織物
室、台所、食堂、作業室が配置してあり、2階は博物室を中心に、生
物学と物理化学の実験室と、美術室、音楽室がある。建物の周囲に
は、家庭や産業など外部との連携を示す矢印がひかれている。この図
には、子どもたちが各教室を往復し、さらに学校のそとの世界ともつ
ながって実生活と関連した諸活動が行うためのモデルが端的に表現さ
れている。もちろんこれは現実の学校の図面ではなく、理想のスケッ
チにすぎない。しかしこのような図があることで、学校教育を空間を
ふくめた活動として考えるための大きな助けとなるだろう。
 二つ目に、学校教育のなかに芸術を積極的にとりいれていること
だ。デューイは、子どもが描いた絵や、詩的な表現を巧みにつかった
文章などを紹介し、芸術的・文学的な表現に関心をよせていることが
わかる。彼は、子どもがもつ社会的本能すなわち表現したい欲求、芸
術的表現の興味をうまく指導することで、活動的な成長につなげるこ
とをねらっている。
 デューイの主張はシンプルで一見わかりやすい。しかし彼の文体は
いささか難解で、さまざまな解釈を生みだす余地をのこしているよう
に感じた。伝統的な学校教育の批判は、そのまま「教え込み」の否定
と受け止められ、学力低下を招くという非難にもつながるだろう。実
際、本書をきっかけに、デューイの教育理論や教育改革に関する論争
が巻き起こり、それは現在も続いているようだ。
 ともあれ私にとっては、組織や方法に留まらず、空間や子どもの表
現に対しても目を配っているデューイの教育理論はじゅうぶん興味深
いものだった。